(その1からの続き)
短刀持参のにわか行者 身命賭して??の荒修行 短刀持参のにわか行者
たかが一日、されど、一日。いい加減な気持ちでは断じてない。 行者と同じ白装束というわけにはいかぬが、トレーニングウエアながらも、上下純白の「死に装束」。 腰にはシッカリ短刀をつける。
「じゃあ、オマエも断念したらホントに自害するんだな」 と問われると即答しかねてしまう。死ねば一巻の終わり、身も蓋もないからである。 それに、このリポートも書けなくなってしまう。まあ、「命をはった荒修行」と一応リポートには書いておこう。 ただ、わらじだけはご勘弁、ズックでオマケにした。
「山上山下三十キロ」だけじゃあ、比叡に来た醍醐味がない、イッキに「京都大回り八十四キロ」にトライしてやろうじゃないか、と大バクチを打ち出したのであった。
周囲は黒塗りの闇。「明かり」は、懐中電灯一つと地図、そして、昨日行者道を下見したかすかな記憶のみである。
出発地点の明王堂は、不動明王を祀り、回峰行の根本道揚だそうな。 石段の下続きには、放曼院、護摩堂、宝珠院、大乗院そして、玉照院。これらを無動寺谷と名づく。
大乗院と言えばおわかりだろう。聖人二十八歳の御時、前に迫る一大事の後生に懊悩し、籠もられた堂である。 そして参籠の満願にあたる十二月三十日午前二時、夢に如意輪観音が現れて、「善いかな、善いかな汝が願、まさに満足せんとす。善いかな、善いかな、我が願、満足す」 と、信受本願の予言を告げた。これは「大乗院の夢告」として有名である。
……が、あいにく本堂工事中で、とても夢どころではない。ああ、八百年前の聖人がなつかしい。
無動寺谷をひたすら上る。この辺は観光客も十分歩けるよう整備してあるのでいたって快調だ。
雨中の午前二時半、無動寺谷を上ると、坂本ケーブル「延暦寺駅」がある。
ふもと坂本町から十分で着くこのケーブル、おそれ多くも東洋随一だそうな。
駅から歩いて十分、東塔に入る。比叡は東塔、西塔、横川の三塔に分類される。中核は東塔の根本中堂である。 国宝とあって伽藍がヤケにバカでかい。「鎮護国家」を祈願する道場で、薬師如来を祀っている。 正月には、鬼に扮した僧が駆け回り、四月には、天皇の衣をおさめ、天下泰平を祈るのだ。
大講堂、戒壇院と東塔のメインを巡る。午前三時。昨日、シッカリ巡拝料三百円を取られたが、闇雲に覆われ、見えるは懐中電灯に照らされた看板のみ、見学どころではない。 東塔から西塔、横川のコースは奥比叡ドライブウエイに沿っている。 行者気分でハーハー、ヒーヒー息を切らすもデッカイ舗装道路にぶつかると思わず「なーんだ」と幻滅してしまう。
東塔の最後は浄土院。伝教の廟所である。 参拝者が浄土の開山を慕って参っているのかは分からない。私は大欠伸で通り過ぎるだけだ。

