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チャレンジ・ザ「一日回峰行」!

千日回峰行――。天台宗比叡山を代表する荒行である。聖道仏教の難行ぶりは、これを抜いては語れない。 しかし、どれ程の苦行だろうか。百聞は一見にしかず、体でたしかめてみようと決意した。 だが千日もつき合えない。そこで、叡山のコース八十四キロを一日で回る、自称“一日回峰行”に挑戦。 さてどんな苦労があったやら、ここにご報告としよう。

  「定水を凝らすと雖も
        識浪しきりに動き
    心月を観ずと雖も
            妄雲なお覆う」

八百年前、祖師聖人は比叡に立ち、逆巻く煩悩に憂悶なされた。そして今、私は同じ地に立つ……。

が、真夜中二時、琵琶湖など見えるはずもなく、出発同時の雨降りに、中秋の名月は見事隠され、聖人のみ心を推し量るには遠く及ばなかった。

比叡は、天台宗開祖、伝教(最澄)の開いた山。開創千二百年の今日、法華大会なる行事で賑わっていた。 総本山は延暦寺。インドの霊鷲山、中国の天台山と並び、法華経三大道場の一つに名を連ねる。

その比叡山に伝わる千日回峰行。昭和六十二年七月、酒井雄哉氏が史上三人の二千日回峰行を満行した、と報道されたが、回峰行とはいかなるものか、まずは説明するとしよう。

回峰行とはこれ如何

そも回峰行には、百日回峰、千日回峰の二つのみで、「一日回峰」なんてのはない。 千日回峰は、十二年間籠山し、その内八年間で千日の行を積まねばならぬ。 修行の基本は、毎日、真夜中の二時に起床して山上山下の行者道を三十キロ(七里半)歩くのだ。 この間、堂塔伽藍や山王七社、霊石、霊水など、三百五十カ所で所定の修行をする。

始めの六年間は毎年百日、後の二年間は毎年二百日、連続して修行しなければならぬ。 その間、七百日には、天台宗で"生き葬式"と言われる「堂入」がある。 これは、九日間、堂に籠もり、断食、断水、不眠、不臥のまま、十万回真言を唱える行、つまり、飲まず食わず、寝ても伏してもダメ、というキビシイもの。

八百一日からは、「京都大回り」の難行が待っている。 山上山下の七里半に加え、山を降り、京都の修学院から一乗寺、平安神宮、祇園と、一日八十四キロ(二十一里)を十七、八時間で回る生死関頭の苦行である。 千日間で歩く距離は約四万キロ、ナント地球一周分の距離に相当する。

ユニホームは「浄衣」に「わらじ」、命覚悟の白装束である。最後、身につけるは「死出紐」に「短刀」。 回峰行は「不退の行、捨て身の行」と言われ、中途で一からやり直し、など断じて許されない。 もし、大病を患ったり、暴風、大雪をくらって断念しようものなら、持参の紐で首をくくるか、短刀でハラを十文字に裂かねばならん掟があるのだ。

千日回峰行をクリアした者は、過去三百人に満たないという。ことごとく行者は自害していった。 それでも、チャレンジャーは“怖いもの見たさ”か次第に増えているという。

行の目的は、深山幽谷に身をゆだね、俗縁を絶ち、清浄なる仏性を磨く、となってはいるが、先述の酒井氏の言を借りれば、 「二千日歩いても身の汚れはなくならん。終生、行をして落としていかねば」 というもの。“さとり”には雲泥の差があるようだ。

「当今は末法、現にこの五濁悪世なり」

と聞けば、なるほど当然だ。

が、「バカじゃわい」と軽々しく、口にしたくはなかった。実感ともなわぬ事実は歯にかゆい。 「全身で納得したい!」そんな衝動にかられたのである。バカなことなら、自らバカになり切って、バカなことだと知らされるまで、徹底してバカなことをやってみたい、と思ったのだ。 そして、聖道仏教の限界を悟り、また、親鸞聖人がいかにご苦労されたか、体一杯、味わってみたかった。

かくして、十月六日午前二時、千日ならぬ「一泊回峰行」を決行したのである。


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